福岡高等裁判所 昭和27年(う)28号 判決
被告人及び被告人のために、控訴の申立をした事件については、原判決の刑より重い刑を言渡すことを得ないとの刑事訴訟法第四〇二条の規定は、規定の形式上控訴審の手続に関するものであり、第一審裁判所の訴訟手続についてこれを準用することを明らかにした規定が存しないので、控訴審において第一審判決を破棄し自判する場合に右規定の適用があることは勿論であるが破棄して原裁判所に差し戻した場合には、さきの第一審判決は破棄されたことによりその存在を失つたものと見て、原裁判所は全く新たに第一審判決をなすべきであり、既に破棄せられた第一審判決のために、何等拘束されるものでないとする見解がないでもない。しかし不利益変更禁止の規定は、判決の審査変更がその変更を求められた方向においてのみなさるべきものとの一種の弁論主義的考え方に基くとともに被告人が不利益に終ることをおそれて控訴を断念することなからしめるとの被告人の利益保護を目的としたものであると理解されることに鑑みれば、控訴審において第一審判決を破棄差戻した以上、第一審判決は既に存在しないものとの理由に基く敍上の見解は、余りに形式的な議論で、第一審裁判所が一度なした判決に対し、被告がこれを自己に利益に変更しようとして控訴した事件について、破棄差戻の判決があつたため、重ねて判決をするに至つた訴訟の経過を全く無視するものであり差戻を受けた第一審裁判所はもとより事実の認定等については、何等拘束されることはないとしても、さきの判決の重きに変更することは、現行刑事訴訟法の建前とする当事者主義の原則を不当にふみにじるものであるばかりでなく、控訴審が第一審判決を破棄して自判する場合には、不利益変更の禁止が適用されるが、自ら判決することを適当でないとして差戻す場合には不利益変更が可能であるとすれば、全く偶然の事情により被告人の不利益に変更されるという不当な結果を生ずることとなり、両者の場合を区別する合理的理由を見出し得ない。それで検察官の控訴がなく、被告人のみが控訴をなした事件については、控訴審において破棄自判する場合に不利益変更禁止の規定が当然適用されるほか、破棄差戻した場合には第一審裁判所は右規定の準用により破棄された第一審判決との関係においてその刑より重い刑を言渡し得ないものと解するを相当とし、かく解することは決して現行刑事訴訟法のもとにおける控訴審の構造と相容れないものでないのみか、また不利益変更禁止の規定が存在する限り、当然承認されるべきものといわねばならない。
而して記録に徴すると、本件においては原審がさきに被告人に対する原判決認定の所為について罰金弐千円の主刑を言渡した判決に対し、検察官から控訴の申立なく、被告人のみが控訴をなし、これに対し、福岡高等裁判所は、原判決が違法な証拠により事実の認定をなしたことを理由にこれを破棄して原裁判所に差戻したところ、右破棄後における該事件について原裁判所は、被告人に対し懲役壱年の主刑を言渡したことが明かであり、しかも原裁判所は前に説示するとおり、右破棄後の事件については、刑事訴訟法第四百二条の規定の準用により破棄されたさきの判決の刑を被告人のため不利益に変更してはならないにも拘らず、原判決の刑より重い刑を言渡したものということができるので、たとえその刑が該事案について客観的に適正妥当と思料されると否とを問わず、前記法令の解釈適用を誤り、不利益変更禁止の拘束を受けることを看過した違法があるものと断ずべきであり、右の違法は、判決に影響を及ぼすこと明かであるから原判決は弁護人並びに被告人のその余の論旨について判断するまでもなく刑事訴訟法第三百九十七条に則り破棄を免れない。